北米の診断病理および臨床検査のメーリングリストに参加して

長谷川章雄

小田原市立病院病理・臨床検査科、東京大学医学部非常勤講師
(drhasegawa@aol.com, http://members.aol.com/drhasegawa/welcome.htm)
医学のあゆみ, 191:1122-1124, 1999.


  インターネットの普及とともに各種のメーリングリスト(以下MLと略す)が構築、維持されるようになり、半ば趣味を同じくする同好の士の集まりのようなものから、同じ職域にいる人間同士の専門的な情報交換あるいは特定疾患の患者の支援を目的としたものまで、ほぼレパートリーが固まってきたと思われる(文献1)。96年2月と97年4月に、病理と臨床検査の領域の北米におけるMLにそれぞれ参加して以来、かなり積極的かつ気楽に投稿もし、ネット上で知己も得た経験から、感じた点を以下にまとめてみる。欧米人の間に飛び込むと最初は違和感を感じられているのではと危惧するが、参加して1週間ほど様子を観察し、その後自己紹介から始めてメッセージを送り続けているうちに、リスト上とリスト外での個人メールによる反応も次第に得られるようになり、いずれは溶け込むことが可能である。また、物理的に距離が離れているだけに、お互いに利害が絡み合わないのでよい友人ができる可能性もある。しかし、MLで得られた知識、情報はあくまでも成書ないし雑誌などで確認するように心がけるべきであり、あまりに安易に頼るのは考え物であろう。

1.Patho-L (Pathology Discussion Group On-Line)

参加するためには、電子メールを

LISTSERV@LISTSERV.CC.EMORY.EDU

宛に、題名はなんでもよく、本文に

subscribe PATHO-L Your Name

とタイプして送ると自動的に参加の確認のメールが返送されてくる。[追加 (July/2001): サーバーがエモリー大学からカナダのアルバータ大学へと移転となりました。参加はmajordomo@ualberta.ca宛てにsubscribe patho-l のメッセージを送ればよいだけです。詳細は http://www.ualberta.ca/htbin/lwgate/PATHO-L/ ] これは、アメリカ合衆国とカナダの診断病理医を中心とした世界最大規模のMLであり、参加者は本年8月の時点で合計642名、国別では米国429名、カナダ50名、スペイン16名、ブラジル14名、オーストラリア14名、以下は10名以下となっている。アトランタのエモリー大学にサーバーがあるが、リストオーナーのVijay Varma医師が登場してくるのはきわめて稀で、モデレータもおらず投稿に関する査読もないが、もっぱら参加者の良識と即興のみで見事に進行している。数年前に比べると随分と全世界に門戸を開いてきたとの印象はあるものの、発言の中心はやはりアメリカとカナダの病理医であり、それに続いてイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、日本、チェコからの投稿が続き、他方フランス、ドイツあるいは旧東欧諸国と旧ソ連圏、アジア諸国などのからの投稿は実に稀である。積極的な参加者は、大学、研究所等で基礎研究に従事している研究者タイプは少なく、ほとんどがグループで病理診断サービスを開業したり、合併でColumbia-HCAgroupのサイトとなった職場で診断業務に携わっている、実践的な病理医(practicing pathologist)である。話題の中心は、具体的な症例の病理診断、免疫染色の抗体の評価や問い合わせ、画像解析を含めた解剖病理学(AP: anatomic pathology)情報システムに関するものなど多彩であり、その他にもMedicare(65歳以上の高齢者に対する社会保険)に保険請求(reimbursement)する場合のCPTコードの照会などの、学問というよりは合衆国の医療環境に限定されたむしろビジネスがらみの実際的なものが多い。ただし、私も含めて、世界中の病理医がアメリカ医療改革の実相を観察させてもらっているようなところがあって、善悪は別にして医療における資本主義の徹底という一つの実験モデルという意味では他人事とも思えず、非常に参考になる。また、アメリカの同業者が近年の医療改革の波に非常に苦労しているのも理解できる。かつて、Columbia-HCA groupによる非営利追求型病院(non-profit organization)の買い取りと営利病院への転換が全米で問題になっていた時期に(文献2)、このMLでも「資本主義と医療」という話題でかなり活発な議論が展開されたことがある。その際も、党派性(例えば民主党支持あるいは共和党支持のような)の気配はなく、いかにも病理らしくAdam SmithやAyn Rand(文献3)などの引用もからめてきわめて冷静、活発かつ論理的に議論が戦わされ、ああ彼らは元々Debate好きな国民なのだと再認識した次第である。もちろん、重いテーマであるので議論は平行線で結論がでなかったが、無理に結論をまとめるべき話題でもないのである。この辺は日本人とのmindsetの違いを感じさせるのであって、年齢、性に関わらず、諸個人が自分の意見をもってそれを表明するのは当然なのである。時には非常に高齢な病理学者が1960年代の病理を含めた医学界の様子を回想したりすることがあり、雰囲気を和らげる。総じて、年齢による階層、差別を感じさせない点は大いに見習うべきであろう。後ほど紹介するMedlab-Lに比べると、教養主義的色彩を含めて懐が深く、病理からちょっと離れた話題(side discussion)に対する許容度も広い。

2.Medlab-L

参加するためには、電子メールを

LISTSERV@listserv.acsu.buffalo.edu

宛に、本文には

subscribe MEDLAB-L Your Name

例えば、 subscribe medlab-l Jennifer Flowers, MD

とタイプして送る(メールの題名はなんでもかまわない)。臨床検査、検査医学の世界最大のMLであり、主催者はカナダアルバータのPat Letendreさんであり、彼女は輸血医学を長く実践してきた技師であり、自らFearless Listownerと署名するように、ML上にかなり頻繁に登場して、的確に介入してトラブルを未然に防いだり、自ら話題を提示している。参加者は本年6月に時点で合計2089名、国別では米国1490名、カナダ284名、オーストラリア65名、ニュージーランド32名、英国31名、サウジアラビア17名、ドイツ16名、南アフリカ14名、それ以外の国は10名以下となっており、医師、検査技師、PhD、管理者などの職種の購読者がいるが、検査技師の参加がやはり多く、彼らが投げかける生化学、輸血、血液学など各分野に的を絞った技術的質問とその返答が主体であり、専門性の強い話題についてはMDがその間に回答するといった案配である。1回目の投稿のみは商業宣伝の排除と言語能力のチェックのために影の管理者が形式的に査読を行うが、2回目以降は検閲はない。こちらは、冗談などについての耐性はきわめて低く、特に人種がらみの冗談についてのクレームは非常にうるさい。発言はほとんど北米からのものであり、欧州、アジア、アフリカからの投稿は非常に稀である。検査機器の現場での使用体験についての問い合わせが相当に多く、その関係で各検査機器メーカー、試薬メーカーの担当者がLurkerとなって聞き耳を立てているのは周知の事実となっており、このMLに文句を書いた途端に、担当者が駆けつけてきてくれたなどという記事もあった。このMLにおいても医療改革の激しい波を現場の声として聴取することが可能であり、Medicareに対する保険請求を系統的に間違えるとMedicare Fraud(詐欺)として監獄に入れられる危険性がしばしば語られている。合衆国においては、多くの場合各ラボが実施した検査の費用をキャリアーと言われる保険会社を介して、連邦政府のMedicare に請求するわけであるが、以前はいかなる保険でもカバーされていない低所得者が病院に来て検査をした場合、慈悲心から正規の費用ではなく、ディスカウントされた費用を本人に請求していたのであるが、「政府に対する費用の請求はそのラボが他の施設に請求する価格と同等あるいはそれ以下でなければならぬ、もし他には安い価格で検査を提供しながら政府にはそれよりも高い価格で請求するのであれば、それは連邦政府に対する詐欺である」という原則が確立したために、貧困者に対するディスカウントさえも事実上できなくなってしまったという状況には考えさせられた。もう一つ、Medicareの支払いが悪いために(遅い、削る、払わない)ために、ラボとしては経営上やむを得ず、検査のオーダー用紙の裏側に「もし、これらの検査費用の支払いをMedicareが拒否した場合には、自費で払います」という文言を印刷して、患者さん本人に外来オフィスにおいて検査実施前に署名させている(Advanced Beneficiary Notice: ABN)のがかなり一般化しているとのことで、これを日本でやると社会的非難を浴びるであろうが、米国人の発想としては「この世の中に”ただ”(free)のものは存在しない。一見ただに見えるものがあったとしても、それは実際には誰かが負担しているのであり、それは多くの場合自分たちの払った税金である。したがって、本人に負担させるのはむしろ正当である」ということになるようである。このあたりもMindsetの違いを痛感させられる。その他の話題としては、各種の医療施設認定の査察、技師の業務慣熟度のテスト、就職の紹介、検査情報システムの評価とトラブル対策など非常に多岐にわたる。

3.インターネット特有の略語(Acronyms)

英語のMLに参加して、知っていると文脈判断が容易になると思われる特有の略語がいくつかあるので最後に紹介する(文献4)。

BTW: By the way
IMHO: In my humble opinion
ASAP: As soon as possible
OTOH: On the other hand

またよく出てくる連邦政府機関、あるいは施設認定機関等の略号には、

HCFA: Health Care Financing Administration
CLIA '88: Clinical Laboratory Improvement Amendments of 1988
JCAHO: Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organazations
NCCLS: National Committee for Clinical Laboratory Standards
CPT: Common Practice Terminology (Current Procedural Terminology)
OSHA: the Occupational Safety and Health Administration
NIOSH: the National Institute of Occupational Safety and Health
FDA: the Food and Drug Administration

などがある。

 最後に、広大な北米大陸およびこの惑星上に点在し、灯台守のように病理および検査業務を行っている病理医たちに対して連帯の意を表するとともに、孤立感を大幅に緩和してくれるインターネットの更なる発展を祈るものである。


参考文献:

1. DiGiorgio, C.J. et al.: E-mail, the Internet, and information access technology in pathology. Semin. Diagn. Pathol. 11(4):294-304, 1994.

2. Kuttner, R.: Columbia/HCA and the resurgence of the for-profit hospital business. N. Engl. J. Med. 335(5):362-367 and (6):446-51 1996.

3. Ayn Rand. "It only stands to reason that where there's sacrifice, there's someone collecting the sacrificial offerings. Where there's service, there is someone being served. Make no mistake about it, the man who speaks to you of sacrifice is speaking of slaves and masters - and he intends to be the master."

4. Levine, J.R., et al: The Internet for Dummies, 4th ed, IDG Books Worldwide, California, 1997.


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